サイバスロンを知っていますか?

サイバスロンは2016年にスイスのチューリヒで初めて開催された、障がい者と先端技術の開発者が協力して日常生活に必要な動作に挑むユニークな取り組みです。
発案者はリハビリ器具や補装具の研究をしているスイス連邦工科大学チューリヒのロバート・リーナー教授。
サイバスロンは、
「日常生活に役立つ、人をアシストする技術の開発を、障がいのある人たちとともに促進し、幅広い社会の理解を促す」
ことを目指しています。
そう、サイバスロンは、アシスト技術を使うことで障がいを持つ人の日常生活はより快適になり得る、という想いを出発点にしているのです。
その言葉どおり、競技の課題はいずれも日常生活に必要な動作ばかりとなっています。
競技は次のとおりです。
1. 脳コンピュータインターフェイス(BCI)
脳波を読み取り、首から下が動かせなくなったとしても、脳波でコンピュータや車いすの操作などへの応用を目指している。
2.機能的電気刺激自転車(FES)
電気刺激で筋収縮を制御して自転車レースを行う。従来のFES技術の精度向上を目指している。
3.パワード義手(ARM)
電球を回しながらねじ込んだり、缶切りで缶のふたを開けたりという日常動作に挑戦する。
4.パワード義足(LEG)
モノを運んだり階段の昇り降りなどでより自然な動きのできる義足へと挑戦する。
5.パワード外骨格(EXO)
下肢に障害のある人がパワースーツを身に付けて歩くことを目指す。
6.パワード車いす(WHL)
スラロームや不整地走行、階段昇降、ロボットアームでドアの開閉に挑戦する。
いずれの競技もスピードで競うのではなく、安全・確実にクリアすることが第一とされています。
また、競技での課題で競うだけでなく、より使いやすい技術を開発するために技術者とパイロットと呼ばれる障がい者本人たちが共同で開発にあたっているのが印象的です。
そして大会を通じて一般の方々にも広く興味を持ってもらうことを目指しているのです。
そのうえで、障がいのある人たちにとっての日常生活における平等や、社会参画について対話を促すことが特徴です。
2016年に初めて開催された同大会は、次回は2020年にチューリヒで再び開催されることが決まっており、そのサイバスロン2020に先立ち、プレ大会として2019年(令和元年)の5月5日に神奈川県川崎市で車いすシリーズが開催されたので内容を振り返ってみたいと思います。
~サイバスロン車いすシリーズ日本2019~
今回の参加者の顔ぶれは、
香港、ロシア、スイスから各1チーム、日本からは5チームの計8チームが参加。
参加したパイロット達の障がいの種別としては、
- 疾病による脊髄損傷
- 頸部骨折による四肢麻痺
- 事故による四肢麻痺
- 仕事場でのケガによる対麻痺
- 事故による不全麻痺
- 交通事故による脊髄損傷
- 脳性まひ
- スポーツ事故による対麻痺
とさまざまでした。
レースの概要:パワード車いすレース(WHL)
・制限時間は8分
・6つの課題クリアを挑戦する。
※スピードではなく、得点で競う。同点の場合のみ、タイムを考慮して判定。
課題は次の6つ。( )内は満点。
①テーブルに着く(101点):テーブルを動かさずに、両腿が半分隠れるまで、足を中に入れる。
②スラローム(102点):家具を動かさずに、家具と家具の間を通り抜ける。
③でこぼこ道(108点):でこぼこ道を渡る。
④階段(115点):階段を昇って降りる。降りる際に、車いすをいったん停止させる。
※前回大会では3段。今回より6段の階段となった。
⑤傾斜地(104点):砂のまかれた木材、人工芝など、異なる路面の傾斜地を乗り越える。
⑥ドア(130点):ロボットアームなど外部動力源をもつ技術を使ってドアを開けて閉める。
※今回よりロボットアームが要件となった。
写真1 会場全体

今回必要とされた技術と操作テクニックは、
・コンパクトとは言い難い電動車いすでの方向転換
・ポールやカラーコーンなどではなく実際の家具の間を抜けるスラローム
・でこぼこ道の走破
・6段に増えた階段昇降
・不整地走破
・ロボットアームによるドアの開閉
でした。
それぞれに、
・小回り操作とテーブルに足が収まる調整
・耐衝撃性や乗り心地
・階段昇降の持続力
・路面グリップ力
・ドアノブをつかむ、押し下げる、ドアを開けてさらに閉めるまで
といった技術的要件と操作力が求められているのです。
制限時間8分間の中で、テーブルからスラローム、階段昇降、ドア開閉の課題クリアを競っています。
タイムを競うのではなく安全・確実に課題をクリアすることを第一としています。
もっとも、時間がかかり過ぎるという事は実用的観点からも支障がでるため、それゆえの8分間制限となっているようです。
写真2 テーブルに着く(大腿を収めるまで)

写真3 机の間を抜けるスラローム走行

写真4 でこぼこ道を走行

写真5 階段をのぼる電動車いす

写真6 階段をのぼりきった電動車いす

写真7 傾斜地を走行する電動車いす

写真8 ドアを開ける課題に挑戦

写真9 ロボットアームを操作して

写真10 ドアノブをロボットアームで掴む

テクノロジー機器の普及に向けて
どんなに優れたテクノロジーでも、操作が難しすぎて使いこなすことができないと普及しないとよく言われます。
優れたテクノロジーは使う人がいてこそ活きてくることでしょう。
そして、ニーズを捉えた製品でなければ使われていくことはありません。
そこはシーズとニーズがうまく絡み合った実現達成の場でもあるのでしょう。
プロダクトアウトというよりは、マーケットインに近い発想になってくるのだと思います。
ここ数年で増えてきたリハビリテーション場面でのロボット機器や介護場面で導入を進めているテクノロジーやロボットについても、製品の技術とニーズの合致が重要であると説明をしています。
優れたテクノロジーや技術の結晶となりすぎて、ハイスペックになり使いこなすことを苦戦してしまう製品になってはいないだろうか?
または、ニーズに沿った扱いやすい製品としてユーザーに受け入れられているのだろうか?
ロボット導入アドバイザーとしては、現状ではまだまだ課題が生じていると感じている。この課題を解決できるように、即ち普及につながるようにテクノロジーやロボットをしっかりと提案し、また使いこなせる人材を増やしていくことが必要と考えています。
また、現在のテクノロジーやロボットは個人が購入して使用する「個人ユース」よりは法人で購入して使用する「法人ユース」を想定して市場にリリースされているものが多いです。
順序としては、業務の中でテクノロジーやロボットが活用されていくようになり、文化としての活用が根付きだすことと並行する形で個人ユースが増えていくとイメージをしています。
そう遠くないうちに、個人ユースできるテクノロジーやるロボットたちが出てくることは間違いないでしょう。(2019年当時より、障害者や高齢者個人が使用できるテクノロジー・ロボットのラインナップは拡充されています。)
マーケットボリュームとしては高齢者むけにデザインされたロボットが多く産み出されることも必要でしょう。そしてテクノロジーやロボットを使いこなすという点では若者に軍配が上がると予測できます。
これらテクノロジーを使えることの恩恵としては、これまでできなかったことが比較的容易にできるようになるということがとても意味の深いことと言えます。
理学療法士として
従来からのスタンダードな理学療法を患者さんへ実施して自立度の向上を目指すことは言うまでもなく必要なことであり、その発展には ”いつか自分がなったときに” との備えとしても期待をしています。
そして、最新テクノロジーから誕生したロボットなどの製品を現場で活躍する理学療法士の皆さんが知識を深め、患者さんへ的を得たトレーニングの実施やフィッティングを実施することが求められることでしょう。
製品情報を患者さんへ提供し、専門家の立場からその患者さんに合った製品マッチングを行う。
また、可能性のある次世代機器情報をキャッチし、数年先の医療の変化や理学療法の進化に対応できるよう備えておくことができれば大変頼もしいと思いませんか?
時代の流れという必然のもと、これからの理学療法を担う皆さんには必要とされるマインドではないでしょうか。
さらには、街なかでは電動車いすが当たり前になり、最新技術を用いた補助具の活用が普及し、技術の発展によりまたひとつ出来る事が獲得できた、取り戻せた。という世の中になって欲しいと願っています。
競技を観戦して
8分間の競技を終えたパイロットの顔、チームを組むエンジニアたちの表情はすがすがしい笑顔であったり、悔しさをにじませたりとさまざまでした。会場の一体感も相まって尚のことでした。
写真11 競技後のインタビュー

写真12 大型ビジョンからも伝わる達成感

今回、サイバスロン日本大会が開催されることを知り予選から決勝までを観戦しました。
障害をテクノロジーで解決できる世の中になってきていることを実感するとともに、ひとつのことを目標にして懸命に取り組む姿勢には障がいの有無などまったくもって関係のないことを強く感じた機会でもありました。
サイバスロンという新たな知見を得ることが出来て、観戦後は晴れやかな気分になるとともに、心の奥深くに感じるものがあったことは紛れもない事実です。
サイバスロンはその後、2020年にスイス チューリヒで開催され、2023年は3月に開催が終了しています。
次回は2024年スイス チューリヒ(10月25~27日)にて開催予定となっています。
理学療法先進国の一員として、興味を抱いてくれる理学療法士諸兄が一人でも増えることを切に願い、チューリヒでお会いできることを期待しています。
※作業療法を専門にされている方へ、理学療法→作業療法へ置き換えてお読みいただければ幸いです。
【番外写真:展示エリアにて脳インターフェイスのデモブースから一コマ】

子供たちがヘッドフォン型のデバイスを装着し、画面の車を動かそうと念じています。
2019年当時話題に上がっていた脳インターフェイス技術のデモブースでした。大勢の子供たちが並び、熱中していたため筆者が体験することは大人げないと判断し遠慮させていただきました。
NPO法人ロボットビジネス支援機構 アドバイザー
ATCエイジレスセンター 介護ロボット相談窓口 業務アドバイザー
逢坂大輔(理学療法士・作業管理士)